zozo100万円ばら撒きキャンペーンに参加した人は「卑しい」のか

zozo社長前澤氏による100万円ばら撒きキャンペーンが大きく世間を賑わしている。
彼の行ったキャンペーンは賛否両論の様相を呈しており、中には厳しい批判の声も上がっているようだ。

 

note.mu

 

前澤社長への批判は上記のブログでほとんど言い尽くされているので、本稿では別の視点、「100万円キャンペーンに参加した人たち」をどう評価すべきかについて述べていきたい。

 

キャンペーンの主催者である前澤社長が批判されているのと同様に、キャンペーン参加者、つまり前澤氏のバラマキ宣言ツイートをRTした人たちも一定の批判を受けている。


よくあるのは「キャンペーン参加者は卑しい」というキツい表現だ。

確かに、ほとんど知らない他人に対し金銭を要求をするのは卑しい振る舞いだと思われても仕方ないように思える。

 

ここで一度考えたいのが、そもそも「他人に金銭を要求する行為は卑しい振る舞いなのか」ということである。

 

昨今、残業代を払わない使用者に対し訴訟を起こす労働者が目立っているが、彼らは卑しいのだろうか。
僕は明確に「ノー」と言いたい。
労働者には適正な労働の対価を要求する権利がある。
この「適正」というのはなかなか厄介な概念であるが、少なくとも残業代が一切払われないことはほとんどのケースで不当であると言って良いだろう。

労働者が労働力という価値を提供するのに対し、使用者が対価を払わないのは現代社会では「搾取」と呼ばれる。

 

ところで、大した労力を払わず前澤社長から100万円を得ようとしたzozoのキャンペーン参加者は、この「対価を払わない使用者」と何が違うのだろう。

 

大きく違う点は2つ。
①「価値を提供する側」の前澤社長が自ら「簡単な作業だけで100万円を提供して構わない」と言っている点。
②キャンペーン参加者は前澤社長の提示した「フォロー&RT」という条件を満たしており、広告活動に貢献しているため、前澤社長に対し一定の利益供与をしている点。

この2点を踏まえると、キャンペーン参加者が前澤社長を搾取しているとは言えなさそうだ。
抽選(というか選考)があるとは言え、「フォロー&RT」をするだけで100万円を貰えるというのはあまりに極端な設定ではある。

そこに違和感を持つ人はいそうだが、それだけを理由に参加者を責めることはできまい。
(余談だが、フォロー&RTだけじゃなくリプを送るのも後出しの条件として設定されているのではという疑惑は出ている)


キャンペーン参加者は前澤社長を搾取しているわけではなく、両者の間では合意が取れている。

一見すると何の問題も無いように思えるが、それでもなお多くの人が不快感を示すのは何故なのだろう。

 

この問題を解き明かす一つの答えは、人間の「他者が見せるモロ出しの欲望に引いてしまう」という性質であろう。

 

僕自身は今回のキャンペーンに参加しなかったが、正直に言えば突然自分の口座に5000兆円が振り込まれてたらいいのに、という欲望は持っている。
金というのは重い。金のために人間が狂うというのも理解できる。

 

しかし欲望を上手にコントロールしなければ、平穏な世界はたやすく崩壊する。
それは「戦争」という利益の奪い合いの極地を通して人類が何度も経験してきたことだ。
人間がモロ出しの欲望に嫌悪感を持つことが本能によるものか経験によるものかはわからないが、かなり合理的な感覚ではある。

 

「嫁を10人くらい揃えて日替わりでイチャイチャしたいぜ!」だとか「毎月20万のお小遣いをくれるイケメンの彼氏が欲しいなっ」といった欲望を持つこと自体は悪いことと言えないし、似たような妄想をしたことのある人も少なくはないはずだ。
一方で、twitterなどで「日替わり嫁」を求めたり「ATM彼氏」を本気で探している人がいたら、「えっ、どんだけワガママなんだ」「流石に引くわ…」と感じるのが世間的な感覚ではなかろうか。

頭のうちに留めているうちはまだしも、実際の行動にまでモロ出しの欲望が反映されると目もあてられない。

 

今回のzozo100万円キャンペーンに嫌悪感を催した人はきっと、キャンペーン関係者が見せつけるモロ出しの欲望に不快感を覚えたのだろう。

 

ただ僕の場合、「楽して100万円欲しい」という気持ちを持つこと、「その欲望をモロ出しにする人間に対する嫌悪感」の両方が理解できてしまうため、どちらか一方だけを責めることはできない。

今回はたまたま欲望が暴走しなかっただけの僕には、キャンペーンに参加した人たちを嘲笑う資格は無いと考えている。

 

率直な気持ちを述べると、「話題を集めて利益を上げたい」という欲望をモロ出しにしながら「夢」だの「希望」だの甘い言葉でその欲望を誤魔化す前澤社長のスタンスは嫌いだし、「あわよくばおこぼれに与かりたい」という欲望をモロ出しにしながら前澤社長を持ち上げる連中のことも嫌いだ。

(不思議なことに、同じモロ出し族でも抽選に外れたと分かった瞬間に前澤社長のフォローを外したりRTを取り消したりした人のことはあんまり嫌いになれない。なんでだろ)

 

彼らの気持ち悪い欲望を嫌悪しながらも、自分の醜さを白日の下に晒されたような気分も感じていて、どうにもやり切れない。

「お前らは卑しい」と断罪して気持ちよくなりたいのに、己の手にこびりつく汚れが気になって仕方ないのだ。

 

この記事を読んでいるあなたは、キャンペーンに参加した人だろうか、それともキャンペーンを嫌い参加しなかった人だろうか。

どっちでもいいんだけど一つだけ問いたい。

 

あなたは、自分が卑しくないと言えますか?